離婚体験談 女性 モラハラ 調停離婚 40代

モラハラ・離婚体験談|家事や育児に非協力な夫!「君は俺へ感謝がない」

今回は夫によるモラハラが原因で調停離婚をされた方の離婚体験談です。

体験談の方のプロフィール

プロフィール(女性)

  • 職業 会社員
  • 現在の年齢 43歳(2021年2月現在)
  • 離婚時の年齢 41歳
  • 結婚期間 2005年10月から2018年6月
  • 子供 あり(離婚時は12歳、6歳)
  • 親権 自分
  • 離婚種別 調停
  • 養育費 なし
  • 慰謝料 なし
  • 財産分与 持ち家を折半

 

元夫との出会い

28歳の時に、友人の紹介で知り合いました。

「優しそうな人」というのが第一印象でした。特に一目惚れということもなく、「また遊ぼう」と気楽な気持ちで連絡先を交換しました。

2人で出かけるようになると、気配りをしてくれたり、私の話を真摯に聴いてくれたりするところに惹かれていきました。

年齢的にも、結婚願望が強かったので、この人と結婚したいと思うようになりました。

結婚については、特にプロポーズもなく、なとなくそのような流れになった感じでした。
子どもができたわけでもなく、互いの実家に挨拶を済ませ、事が進んでいきました。

そもそも、こんな大きな人生の決断を、互いによく話し合うこともなくなんとなく進めてしまったことから、離婚へのカウントダウンが始まっていたのかもしれません。

 

離婚を意識した理由

一緒に住み始めてから何度か離婚を考えました。
それは、夫がとにかく「冷たい人」だったからです。

互いに仕事をしていたのですが、家事の負担は私がほぼ全て担っていました。
好きな人のために尽くすことは幸せでしたが、夫の態度には、感謝や思いやりが微塵もなかったです。

「ありがとう」と言ってもらいたくて頑張っていたわけではありません。でも、そばにいることが当たり前ではないのだから、会話は大切にしたかったのです。

付き合っていた頃は見せなかった本性なのでしょうか。

家事を手伝ってほしいとお願いすると「俺が何もやっていないと言いたいのか」と言われました。
休日に出かけようと言われて、家でゆっくりしたいと言うと「俺がせっかく言ってやってるのに」と憤慨し無視をされました。

自分の言い方がいけないのか、頼ったり、本音を言ったりするのが夫婦ではないのかと悩み、また、弱音を言えない日々でした。

そんな中、子どもを授かりました。「子は鎹」という言葉もある通り、子どもの話をする時だけは、夫は楽しそうに会話をしてくれました。
ただ、お腹の赤ちゃんへの関心があるだけで、私が妊婦であろうと、思いやりある態度をとるわけではありませんでした。

出産を終え、3人での生活が始まると、見事なくらい「可愛がるだけ」の父親でした。

一緒にお風呂に入ったり、オムツを替えたり、お世話を楽しむ父親とはほど遠く、子どもの機嫌の良い時に相手をするだけでした。

私が風邪をひいても、「赤ちゃんに風邪をうつさないよう、マスクをしてお風呂に入れろ」と言い、自分が代わりにやろうとはしませんでした。

そんな育児への姿勢や、私に対するぞんざいな扱い、そして、夫が求める「良妻賢母」観に振り回され続けました。

私にとって、家は落ち着く場所ではなく、夫の機嫌を損ねないように最善を尽くす場所でした。

でも、もう無理だと感じて離婚を切り出すと、夫は必ず「俺が悪かった。これからは変わるから、家族を大切に思っている」と引き止められました。

 

離婚までの経緯、その過程での悩み

夫との生活の中で感じていたのは、辛さや怒りではなく、寂しさでした。

自分を大切にしてもらえない寂しさ、夫に甘えたくても突き放される寂しさ、思い描いた夫婦関係を築けない寂しさ、たくさんの寂しさでいっぱいでした。

そんな時に実親が病になって入院し、看病のために通うことになりました。
仕事が終わってから見舞うため、帰宅も遅くなることが増えました。

そんな時は、夫が子どもの面倒をみてくれるのですが、「君は俺への感謝がない」と怒られました。
実親の病状への心配や不安を夫に話すことはできず、とにかくできるだけ迷惑をかけないようにしなければという一心でした。

仕事に追われ、育児に追われ、実親が不治の病となり、誰にも助けを求めることができませんでした。
一番頼りたい存在の夫ともコミュニケーションがとれない毎日。
私の人生ってなんだろうと考えることが増えていきました。

そんな状況の中で、実親が亡くなりました。

大切な人が亡くなるという出来事から、人生は一度しかないということ。そして、自分が病に臥しても私は夫に甘えられない。ということを強く思いました。

そして、本気で離婚しようと決めました。

けれど、何度話し合っても、夫はどちらが悪いかという方向に話をもっていき、まったく話は進展しません。私が言いたいことは、二人が夫婦でいても、少なくとも私にとって幸せではないということです。

1年ほど頑張りましたが、折り合うことができず、顔を合わせることも辛くなり、弁護士さんに依頼をして私は家を出ました。

その後、弁護士さんが夫に話し合いを求めたものの応じず、仕方なく調停を申し立てることにしました。
さすがに、調停の場には現れましたが、私は面会を拒否したので、夫には会わない形で離婚調停が進んで行きました。

調停は、2ヶ月に一度のペースで進みました。調停員が互いの話を聞き取り、離婚を思い直させようとしてくれましたが、ダメでした。
離婚が決まるまで1年近くかかりました。

 

離婚後良かったこと、悪かったことなど

とにかく、夫と離れることができたことが嬉しくて仕方ないです。

元々別居していましたから、新たに家を探すこともなかったし、姓を元に戻すことはしなかったので、特に大変ということはなかったです。

私は仕事をしていますし、慰謝料や生活費用のことでもめるのも嫌だったので、お金のことは求めませんでした。

ただ、それが後々どうなってくるのか少し不安はあります。

 

離婚後の現状

子どもがいるので、子どもは夫になるべく会わせるようにしています。

子どもには関係のないことなので、私たち夫婦の問題にできるだけ巻き込まない方法を選ぶようにしています。

 

離婚を考えている方へ具体的アドバイス

周りの人にどう思われようと、自分が幸せだと思う道を選ぶ。でも、その勇気、簡単にもてるものではありません。

愚痴を言って我慢できる程度なら、我慢して生きていくのもいいと思いますが、自分のことを真剣に考えてみた時に、今のままではいけないと思うなら、まずは離婚問題に長けているカウンセラーさんや、第三者として冷静に話を聞いてくれる方の意見を聞いてみるといいと思います。

そして、一歩を踏み出そうと思ったら、相応の準備をします。
弁護士さんに依頼できたらいいですが、お金もかかるので、インターネットを利用して離婚経験者に相談するのも良いと思います。

離婚しても、人生は続きます。自分が笑顔でいられる明日を選びましょう!

 

まとめ

今回の体験談のまとめ

  • 離婚を意識した理由
    家事や育児に関して非協力なため
    また、感謝の気持ち等感じなかったため
  • 離婚までの経緯
    1年ほどかけて話し合いをするも進展がなく、弁護士に依頼
    その後、弁護士協力のもと調停離婚
  • 離婚して良かったこと
    元夫と離れられて、自分と子どものことのみ尽力できるようになったこと
  • 離婚して悪かったこと
    生活面、経済面の不安が少しあること
  • 離婚後の現状
    元夫の面会の場を設け、なるべく子供に不安がないように生活を送っている
  • 離婚を考えている方へアドバイス
    周りの人にどう思われようとも、最終的には自分の意思で決めること
    離婚に対して自分で解決できない悩みがある場合は、第三者に相談してください
    離婚をしても人生は続きます、自分が笑顔でいられることが大切です

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