離婚体験談 女性 モラハラ DV 調停離婚 20代

【離婚体験談】モラハラ夫の金銭的拘束により自殺を決意!?

体験談の方のプロフィール

プロフィール(女性)

  • 離婚時の年齢:26歳
  • 結婚期間:1993年2月~1995年4月
  • 離婚種別:調停離婚
  • 親権:自分(子供1人 離婚当時は1歳10ヶ月)
  • 慰謝料:0円
  • 養育費:0円
  • 財産分与:なし

 

元夫との出会い

出会いは私が大学在学中にバイト先で知り合い、2年半付き合いました。9歳年上の人でした。

私が大学卒業間近に妊娠が発覚し、両親に反対されましたが卒業前に駆け落ちしました。

当時は貧しいながらも幸せで、元夫はとても優しい人でした。

ただし、出産時の時までは、、、。

 

離婚を意識した理由

出産後当日、元夫は私が全く予想していなかった衝撃的な言葉を発しました。

釣った魚に餌はやらないからな」と私に囁いたのです。

それから元夫は豹変しました。全く私の話を聞かなくなったのです。

なぜそんな事を言ったのか、未だにわかりません。

この時からすでに夫婦ではなかったのかもしれません。

私は一週間で退院しましたが、元夫がいる家に帰るのはとても嫌でした。

私が戻った翌日、幸か不幸か、元夫が仕事中ダンプに轢かれ、足を骨折、全治3ヶ月の怪我を負いました。

TVニュースになるくらいの大事故でした。

元夫は入院する事になりましたが、しばらくの間、不在になる事に私は大変安堵しました。

そんな安堵も束の間、元夫は一週間で退院し、家では思うように動けないので小言が多くなり、そのうち私に"人間失格"と言わんばかりに暴言を吐くようになりました。

私は自分の退院後すぐ、まともに家事をしていたので産後の回復が良くなく、常に貧血気味でした。

また元夫の暴言によるストレスで、出産後2ヶ月程度で母乳が出なくなりました。

まだ母乳が必要な息子にかわいそうな思いをさせていました。

そんな状況が半年ほど経ちました。

元夫は傷病手当をもらっており、働かなくてもとりあえず生活できていました。

それに味を占め、元夫は毎日昼夜問わず酒を飲み、完治しても働こうとしませんでした。

そのうち手当は受給期間切れになり、貯蓄もとうとう底をつきました。

元夫は働きに行けと、私に言ってくるようになりました。

言う事を聞かなければまた殴られるし、息子のおむつとミルクのために仕方なく、即現金払いしてくれるキャバクラのバイトをやることにしました。

私が留守の間だけでも息子を保育所に預けたいと元夫に懇願すると、元夫はお金がもったいないと私の願いを拒否しました。

実は私が外に出れば帰ってこないかもしれないと疑念を抱いており、息子を人質にしたかったのです。

毎晩働き、お金を持って帰ってくる私に、元夫は「酒代よこせ」とお金をむしり取る事が日常でした。

公共料金の支払いのためにお金を渡さなかった時、サバイバルナイフを持ち出してきて、私の腹部を刺すふりをして脅す事もありました。

生活を守るため、蹴られながらもお金を守る事に私は必死でした。

元夫は唯一息子の世話に関わるものの購入は許してくれたので、私は息子のおむつとミルク代は守る事ができました。

さらに、元夫は「お前の食料買う金はこの家にはない」と言って、私は家で食事することを許されませんでした。

そのせいで、出産後1年で体重48→39kgまで落ちました

1日1食、バイト先で頂くご飯が唯一の食事でした。

そんな痩せ細った私を見ていたからか、息子もいつしか笑わなくなりました。

いえ、笑えなくなっていました。

普通そんな状況なら逃げればいいと思うのですが、私は毎日の暴力で自分の思考が停止しており、ここから逃げるという選択肢を思いつきませんでした。

思いついた事はたった一つだけ、この世から自分の存在を消す事でした。

元夫の外出中にそれを実行しようとした時、息子は何かを感じ取ったのか、走ってきて私の足にしがみつきました。

笑えないのに一生懸命笑おうとする息子を見て我に返り、息子を抱きしめ号泣し、ここから離れよう、そして離婚しようと決意しました。

その直後奇跡が起きました。

なぜか叔母から「迎えに行くから!」と救いの電話がかかってきて、荷物も持たずに息子と共にすぐその家を出ました。

のちに叔母から聞いた話では、私の母が突然私の危険を察知し、唯一私の居場所を知っていた叔母に、急いで私に電話するように頼まれたとの事でした。

母の力は偉大だと、改めてこの奇跡に感謝しました。

 

離婚までの経緯、その過程での悩み

私がバイトを辞め定職に就くまでの間、しばらく叔母の元で過ごしました。

1ヶ月もしないうちに、元夫は知らないはずの叔母のマンションを突き止めました。

オートロックにもかかわらず、元夫は無理矢理入ってきて叔母の住まいの玄関先で大暴れをし、警察沙汰になりました。

警察は事を察したのか、元夫を説得しマンションから連れ出してくれました。

その時は命を救われたと、警察に感謝しました。

叔母は私の身の危険を察知して、一刻も早く弁護士に離婚手続き相談をすべきと私に言いました。

早速区役所に相談し、無料で受けてくれる弁護士さんを教えて頂きました。

弁護士さんは、夫婦で話し合う協議が難しいなら、裁判より費用を抑えられて手続きも簡単な『調停離婚』を勧めてくれました。

調停の申立ては弁護士さんから指示を頂きながら、全て自分で手続きを行いましたが、そんなに難しいものではありませんでした。

手続きから1ヶ月後調停が始まり、元夫は意外にも素直に調停に来ていました。

しかし、元夫は調停委員からの質問に一切答えなかったようです。

自分が有利になるように、私が元夫に暴力振るった、私のせいで精神病にかかったなど、私を陥れようとしたらしいのです。

ですが、元夫の嘘は簡単に見破られて、調停委員からの信頼を失っていました。

おかげで、離婚についてはすんなり成立しました。

親権は結構揉めましたが、当時私は正社員として仕事をしており、元夫は無職のため、親権は私に決まりました。

親権が決まった途端、元夫が自分は無職で義母も年金生活者のため、慰謝料・養育費は払えないと言ってきました。

調停委員からは、慰謝料はともかく養育費は息子のためなのでもらうべきと提案されました。

ですが、養育費をもらうと息子との定期的な面会の義務が嫌だった事もあり、私は受け取りを拒否しました。

結果私の優位で和解し、調停開始から2ヶ月後、晴れて離婚成立しました。

離婚届に関する書類は家庭裁判所でもらえて、私の証明だけで区役所で受理され、やっと自由になりました。

さらに家庭裁判所は、私と息子への接触半径2m以内禁止令も元夫に課したのです。

実は元夫は調停開始寸前まで、市内のあらゆる保育所に息子がいないか探し回っていたらしいのです。

この禁止令のおかげで、安心して保育所に息子を預けられるようになりました。

 

離婚後の悩み

区役所での児童扶養手当や保育所の手続きで、課税証明書などが必要で税務事務所に行ったりと、かなり面倒でした。

もともとは駆け落ちの結婚なので、私の両親に離婚を報告できず、息子を一人で育てるのがものすごく大変でした。

別居の際、家を飛び出した形だったので家財道具が一切なく、ほとんどゼロからのスタートで必需品を揃えるのに苦労しました。

保育所の預かり時間の延長システムがなく残業ができないのも辛かったです。

 

離婚後の現状

離婚してから1年後、定職と掛け持ちでバイトしていた先で今の主人と知り合い、私が30歳の時に結婚しました。

その後娘2人に恵まれ、現在みんなで幸せに過ごしています

今の主人は元夫とは真逆の性格の人で、結婚20年経った今でも、私の事をいつも気遣ってくれます。

そして、6年前に念願のマイホームを手に入れました。

主人と時々ドライブや旅行に行ったり、美味しいもの食べたりと一緒にいられてとても楽しいです!

 

離婚を考えている方への具体的アドバイス

離婚を決めるかどうかは別として、
パートナーからDVやモラハラなどの被害を受けた時は、その時の状況を日記などに事細く記録しておく事をお勧めします。

弁護士からアドバイスを受ける際の参考になったり、調停に提出できる状況証拠にもなります。

離婚後の手続きなど難しく思える事は、後からお役所などに聞けばなんとかなります。

調停の申立ても、家庭裁判所に相談すれば手続き自体は簡単で、費用は数千円と安く済みます。

調停での話し合いも、最終日以外はお互い顔を合わせなくてもいいように、日時をずらして進めたいと家庭裁判所に相談できます。

警察への相談の場合、注意があります。

パートナー側の親族に警察関係者がいるかどうか確認してください。

もし関係者がいた場合、特に上の位であればあるほど、警察に相談や被害届提出しても、受理されない事があります。

私の場合は義姉のご主人が警察関係者だったため、全て揉み消されました

相談するだけ時間の無駄です。

別の専門機関に相談する事をお勧めします。

ただ離婚を考える時、一旦立ち止まって次のことを考えて欲しいです。

離婚しなかった場合の未来と離婚後の未来を思い浮かべてみて、自分が幸せだと思える方を選択すると良いかと思います。

なぜなら、『離婚後、たとえ自分が一人になって何もかも全て失った状態でも生きていける、それでも幸せだ』と思えるかどうかによって、あなたの未来が明るいものになるからです。

実際私も、そう思えた事で上記のような奇跡が起き、今の主人と出会い、本当の幸せを得る事ができました。

本当にゼロからのスタートでしたが、自分が幸せになるために行動し続けた結果だと思っています。

離婚後の未来を思い描けないなら、これから一生夫婦でいるために、お互い納得するまで夫婦で話し合いをするべきだと思います。

それでも無理だと思ったら、一人で考え込まないで、必ず誰かに相談して欲しいです。

友人や親類に相談したら迷惑がかかると思うなら、国の機関や弁護士など第三者に相談すると良いでしょう。

友人や親類に相談すると、感情論が入ったり、余計なお節介をされることもあり、自分にとってのデメリットが多いです。

私は感情的にならない第三者に相談する事をお勧めします。

離婚し親権を持った場合、子供に辛い思いをさせたくないばかりに、自分より子供の幸せを優先してしまうかもしれません。

でも自分の幸せ無くして子供の幸せは無いと、私は身をもって知りました。

まずはあなたが幸せになる事を第一に考えましょう。

あなたが幸せであればあるほど、自然と周りも幸せになります。もちろん子供もです。

あなたが笑顔でいることが、あなたが生きる人生において一番大事です。

あなたの身を守るのはあなただけです。あなたがあなた自身を大切にしてくださいね。

 

まとめ

今回の体験談のまとめ

  1. 離婚を意識した理由
    ・モラハラ、金銭的不安
  2. 離婚までの経緯
    ・息子とともに家出 居場所を突き止められ警察沙汰に発展するも、調停離婚成立
  3. 離婚後の悩み
    ・児童扶養手当や保育所の手続き、生活費の捻出
  4. 離婚後の現状
    ・再婚し、娘2人にも恵まれ幸せな家庭を過ごしている
  5. 離婚を考えている方へアドバイス
    ・DVやモラハラの状況はメモなどに日時、内容を記録すること!
    ・相手方に警察関係の関係者がいないかチェックすること(事実を揉み消される恐れがある)
    ・自分の幸せを優先させること(自分の幸せ無しに、子供を幸せにさせてあげることは出来ない)
    ・他人への相談(ただし、感情論の入らない第三者への相談をおすすめする)

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