離婚体験談 女性 モラハラ 裁判離婚 調停離婚 20代 法テラス制度体験談

裁判離婚にまで発展し、法テラス制度を利用!その費用は? 

今回は経済的な理由、夫によるモラハラが原因で離婚調停をするも、3回の調停不成立により裁判離婚にまでに発展した方の離婚体験談です。

 

体験談の方のプロフィール

プロフィール(女性)

  • 性別:女性
  • 離婚時の年齢:29歳
  • 結婚期間:2017年8月〜2020年9月
  • 離婚種別:調停→審判→裁判離婚
  • 親権:自分(子ども2人 離婚当時は幼児)
  • 慰謝料:30万円
  • 養育費:8万円/月(1人につき4万円)
  • 財産分与:なし

 

元夫との出会い

4年前の春頃、出会い系のアプリで知り合いました。

その前の彼氏と別れて半年ほど経ったころに、なんとなく話し相手が欲しくてLINE交換ができるアプリを使い始めました。

適当にいろいろな人と話していましたが、その中に元旦那もいました。

他の男性は、話すだけの相手はいらないのかすぐに途切れてしまいましたが、その人だけは仕事の話や、人間関係、家のことなどいろいろと相談に乗ってくれました。

すぐにお互いが結婚を意識し、プロポーズされました。

交際から約1か月のことです。金銭面も気になりましたし、親の反対もあったので、多少の躊躇はしましたがプロポーズを受けることにしました。

年が明けてすぐに、私の妊娠も分かり、それが双子だということも分かりました。

2人で何度も話し合い、出産を決めましたが、なかなかお互いの両親に話すことが出来ず、中絶出来る期間のギリギリになってようやく報告しました。

かなり怒られましたが、両家ともに諦めたのか、ようやく認めてもらい夏には入籍しました。

 

離婚を意識した理由

1.金銭面
金銭面での苦労があることは覚悟していました。私にも奨学金の返済がありましたし、元旦那に借金があることも発覚しました。

私のほうは、義母から自己破産を勧められ、言われるがまま自己破産の手続きを行い、出産後には完了しました。

元旦那のほうは、義母が元旦那の給与管理をすると言い出し、稼いだ給与全てを実家に持っていく生活を送ることになったのです。

管理する内容は支出全てで、生活費、家賃、水道光熱費、借金などを家計簿としてつけていたようです。

私が元旦那に支出はどうなっているのか聞くと、よくわかってないようではぐらかされてばかりでした。

私に必要な支払いはパートで働いた分から出していましたが、それも出産で働けなくなるまでしかできず、その都度元旦那経由で義母に申請する形をとっていました。

子どもを出産後は、おむつやミルクなども申請方式でした。

それがかなり大変で、理由が明確でないときに関してはかなり文句を言われていたようです。

帰ってくると、元旦那は不機嫌でたまに八つ当たりをしてきました。

そんな様子を見ていて、次第に金銭的なお願いをしづらくなってきました。

給与だけでなく、児童手当に関しても同様です。

衣替えのために服を買いたかったのですが、それも申請しないと全額借金の支払いに充てられていたようです。

ある時、服を買いたいと伝えたところ、お金ではなく義母が来ました。

毎回、衣替えに使いすぎと思われていたようです。双子の衣服代で3万円は高いと・・。

たかだか児童手当1か月分のお金で衣服代をまかなっていたのに文句を言われる筋合いはないし、あとの3か月分も、借金の返済に充てるのはおかしいのではないかと、どんどんフラストレーションが溜まっていきました。

 

2.モラハラ
金銭面でのフラストレーションは元旦那も溜まっていたようですが、それがモラハラ発言に繋がっていったのです。

「稼いでいる俺が一番偉い」

「お前は役立たずで、なにもしていない」

「家事はなにもできていない」

「稼いでないくせに文句をいうな」

「家事ができているって言うけど、それがなに?お金になってないでしょ。だから無能」

暴言が多く、毎日毎日疲弊していきました。

モラハラ旦那であると認めたくなくて、周囲にはいい旦那だと言い、イクメンだとも言っていました。

自分に言い聞かせたかったのだと思います。

「自分は不幸じゃない」

「自分は幸せだ」

「自分がちゃんとしていたらいい」

「自分が我慢したらいいだけのこと」

今考えたら間違っていると思いますが、当時は子どもを育てることに必死で、自分のことは最後に回していたので、それが正解だと考えていました。

 

離婚までの経緯、その過程での悩み

ある時、大学時代の後輩とランチに行く機会がありました。

子どもは保育園に通っていたので、ゆっくりお互いの近況報告をしていました。

私は生活のことを少し盛りながらではありましたが、いつも通り幸せだと話しました。

一通り話し終わったところ、後輩から「幸せそうだね・・。でも、どうして笑ってないの?」

笑顔で話していると思っていましたが、後輩から見ると目が笑っていないように見えたそうです。

あれこれ質問され、なんとかかわしていましたが、ふと、どうしてかわしているのか自分でもよく分からなくなり、急に涙が出てきたのです。

泣きやみ、落ち着いてきたあと、ゆっくりですが正直に話しました。

お金のこと、元旦那のモラハラのこと、育児ノイローゼが治っていないかもしれないことなど。

当時の私が抱えていた問題を、ちゃんとした文章になっていたのか分かりませんが、後輩は全て聞いてくれました。

そして、逃げたほうがいいと言われました。逃げる方法も一緒に考えてくれました。

すぐに進めることは出来ませんでしたが、タイミングをずっと図っていました。

後輩に話した後は、隠すことなくいろいろな人に相談することができました。

保健センターのアドバイザーと保健師、保育園の先生、知人たち・・その中でも1人の知人Aさんが協力してくれると言い出しました。

その時はすでに夫婦の仲が冷え切っており、暴言に加えて一度だけ手を挙げられたこともあります。

子どもへの虐待も少し見え、泣いている子どもに八つ当たりすることも2,3度ありました。

だんだんと笑えなくなり、精神的にももう限界でした。

初めは迷惑をかけるのでAさんからの申し出を断っていたのですが、状況から脱却することのほうが大切と説得され、子どもを連れて着の身着のまま逃げ出しました。

お金も服もなにも持っていない状態で、とにかく住んでいたところから出来るだけ遠くにいくようにしました。

途中、子どもに必要なものを買ってくれ、そのまますぐに宿を取り、その後の計画を立てました。

 

1.警察に届けを出す

捜索願を出されると困りますし、子どもを誘拐したと言われても困ります。なので、警察署に行き、捜索しないでくださいと言った内容の届けを出しました。

その時に、直筆で「自らの意思で家を出ましたので探さないでください」といったことを書かされたと思います。

その日は日曜日でしたが、担当してくれた警察官が優しく対応してくれたことを覚えています。

当時の住所の管轄警察署と私の実家の管轄警察署にも連絡してくれたようです。

実家の管轄警察署への連絡には驚きましたが、結果的には重要だったようです。

後から母に聞いたところによると、何度も義母と元旦那が押しかけ、一度は話をしたそうですが、それまでに何度も何度も待ち伏せやインターホンの連打など迷惑行為をしてきて通報したそうです。

その時に、私が届けを出していたことで話がスムーズに進み、パトロールを増やすなどの対応をしてくれたと話してくれました。

 

2.児童相談所へ行く

母子シェルターも考えましたが、あまりいい評判を聞かなかったこともあり、周囲にはずっと反対されていました。

そんな中、住む場所の確保をしなければなりませんでしたが、すぐに契約できる場所もなく、知り合いもワンルームに住んでいる人ばかりで、協力してくれたAさんもワンルーム住まい。

いったん子どもの安全を確保するため児童相談所に相談してみました。

するとすぐに動いてくれて、連絡したその日に児童保護施設へ子どもたちは行きました。大泣きする我が子の顔は今でも忘れません。

それでも、状況を一刻も早く変えて安心して子育てできる環境を作るために動かなければなりませんでしたので、泣きそうになるのをぐっとこらえて必ず迎えに行くことを約束し、早急に家探しをしました。

全てが終わるまでに安全に安心して暮らすための家探し

Aさんの知り合いの紹介で、家探しをしました。

A知人が家を借りるときに担当してくれた方が丁寧に対応してくれる方だったそうでお願いしました。

出来るだけ早く借りられるところで、利便性も考えて、子どもと暮らせる家をいくつかピックアップしていただいたので、その中からすぐに決めました。

Aさんとその知人の助けで、子どもを預けて1か月でなんとか住めることまでもっていくことができました。

住む家に関しては、Aさんが住んでいたワンルームがもうすぐ更新だったそうで、家賃や生活費を出す代わりに家のことをしてくれないかとルームシェアの提案がありました。

「以前に、○○(私)に助けられたことがあるから私(Aさん)からの恩返しってことで」とのことで、その時は精神的にも身体的にも余裕がなかったので甘えることにしました。

なんとか住む家も確保し、子どもも一緒に住みだして、引っ越しも終わり、役所での手続きも完了させました。

役所で事情を話したところ、世帯分離と住基ロックの話がありました。

「世帯分離をしないと、児童手当が元旦那のほうに払われ続けるのですぐに手続きをしましょう」と言われたので、その場でいろいろな書類を書いて手続きをしました。

また、住基ロックに関しても、手続きが窓口ではなく別室が用意され、その部屋に様々な部署の方が入れ代わり立ち代わり来てくれて、かなり親切に対応してくれました。

困っていることや、分からないことにも親身に聞いてくれ、その時点で不安がかなり払拭されたのが記憶に残っています。

ここまでの間で、一度だけ元旦那からLINEで連絡来ました。

「離婚は了承する。ただ、親権は主張する。」

それだけです。子どもは大丈夫なのか、元気にしているのかと聞かなかったところを見ると、おそらく義母がそう言えと言ったのでしょう。

この時点で、絶対に親権は渡さないと改めて心に決めて動くことにしました。

 

3.離婚調停

話し合っても私の意見が無視されることばかりだったので、調停することにしました。

ですがその頃、母のもとにきた元旦那と義母からも「調停起こして親権を取るからそのつもりで」と言われたらしく、私のほうに母から連絡が来ました。

とにかく、どうしたらいいのかを知りたかったので、まずは法テラスに行きました。

あまり助けてくれないとネットには書いていましたが、そうも言ってられません。

タダなら試せるなら試してみようというつもりで行ったら、女性の弁護士さんが対応してくれました。

事情を全て話したところ笑われました。

「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫。というか、よくそんな状況で旦那さん、親権主張してきたね。

あなた自身の悪かったところも言ってくれたけど、完璧な母親なんかいないからね。それくらいのことで、親権が取られることはほぼないわよ。

子どもの年齢、兄弟を加味したら、母親が圧倒的に強いから。虐待とか・・よっぽどのことがない限りは大丈夫。

あと、向こうが調停起こすと言うなら、その通知を待ったほうがいいわよ。

担当の家庭裁判所は郵送先のあなたの実家の管轄の裁判所になるし、お金も向こう持ちになるからそっちのほうがあなたにとっても都合がいいでしょ。」

私が知りたかったことや、言ってほしかった言葉ばかりで、いい弁護士さんに当たったと思いました。

また、依頼に関しても、訪問した法テラスの弁護士さんだと県外になってしまうので余計な費用がかかること、調停の間は個人で戦うことも可能であることなど、助言をいただいたので、自分で戦ってみることにしました。

 

調停は計3回。

 

まとまらないだろうなと思っていましたが、案の定全くもって話が通じず、平行線のままでした。

調停だけでまとまれば穏便にと思っていましたがとても甘かったと思います。

裁判になれば金銭面でもさらに苦しくなることは予想できました。ですので、反撃になるかは分かりませんが、私からも調停の訴状を出すことにしました。

婚姻費用の請求です。婚姻関係にあるため、ひとり親の制度が受けられず苦労していましたので、その分を元旦那に持ってもらうことにしたのです。もちろん相手は完全拒否です。子どもの養育費すら出さない元旦那に殺意さえ湧きました。

結局、話し合いでは決着が付かず、最終的に審判となりました。

審判は、調停が不成立となった場合、裁判所が支払う人と金額を決定する法的拘束力のあるものです。

決定金額は1か月10万円。訴状を提出したところまで遡って請求ができますので、その段階ですでに50万円の支払いが決定しました。

 

4.調停不成立で離婚裁判へ

離婚調停は正式に不成立となり、向こうが訴状を出すと書記官から聞いたので待つことにしました。

裁判をする場所は向こうが決めることができると、あとで聞いたので焦りましたが、結局調停と同じところに提出されたようです。

私のほうは、身内の知り合いの弁護士さんにお願いすることにしました。

離婚裁判となると、法テラス利用を嫌がる弁護士さんもいる中、その弁護士さんは法テラスと関係があるようで、ぜひ利用してくださいとおっしゃってくれました。

その後、弁護士さん宛に相手からの訴状が届きました。

別居から半年、調停開始から2ヵ月が経った頃です。元旦那は代理人を立てず、個人で訴訟を起こしてきました。

安くつくと思ったのか、代理人を立てる程のことではないと思ったのか、理由は定かではありませんでしたが、中身はとても簡素なもので、こちらの弁護士さんも呆れる内容でした。

通常複数枚になると思われる離婚理由についてA4用紙の半分しか書かれておらず、正直、素人目に見てもとても濃いとはいえる内容ではなかったのは衝撃でした。

次にこちらからの答弁書を提出したところ、自身でできないと思ったのかようやく代理人を立てることにしたようで、こちらから提出した反訴状についての答弁書は、代理人が書いたきちんと整理された内容になっていました。

この反訴状と反訴答弁書のやり取りの間、コロナ騒動が加速し、裁判所も開廷することができない期間がありました。

約3か月です。

そして、お互いの反訴状、反訴答弁書をもとに行われた裁判では、答弁書で陳述していた親権の主張から一転、積極的には争わず、和解をしたいと言い出しました。

考えられる理由はいろいろありましたが、おそらく金銭の問題ではないかと、後に弁護士さんから伝えられました。

というのも、婚姻費用の支払いがされず、1日遅れた段階ですぐさま弁護士さんに依頼し、強制執行の手続きを取ってもらい、相手方の職場へ請求(給与差し押さえ)をするということがありました。

結果的には、この一件が効いたのか、親権を諦めるに至ったと思われます。

 

5.離婚成立

「積極的に争うつもりがないが、慰謝料を払う事実はないので慰謝料は払わない。しかし、早期解決のために解決金を支払うことは考えている。また、未払いの婚姻費用とともに一括で支払う予定である。」といった内容のことを和解の提案の際に言われたそうです。

私自身も早く終わらせたいと思っていましたし、子どもが私のもとにいるのならそれで構わないと伝えました。

和解日になり、私も裁判所へ行くことになりました。

元旦那と顔を合わせると数々の暴言がフラッシュバックしてしまうことを事前に伝えていたため、時間をずらして署名捺印を行いました。

元旦那のほうは、事前に用意するといっていた解決金と未払いの婚姻費用を一括で支払って帰りました。

ここまでかかった期間は、別居から1年半、裁判から約1年です。長い戦いでした。

今回、裁判と婚姻費用の差し押さえの2つの項目で法テラス制度を利用し、弁護士さんにお願いしました。

裁判の方は24万円、差し押さえで9万円かかりました。それも、終結時に支払われたお金で全てまかなわれ、残金を一括で振り込んでいただきました。

 

チェック

離婚裁判での一般的な弁護士費用は80万円前後かかると言われているので、
法テラス制度を利用して約35万円で済んだのはかなり費用を抑えられていますね!!

 

離婚後の悩み

離婚するにあたって、すでに世帯分離で完了できていたものも多いのでそこまで大変なことはありませんでした。

しいて言うなら、子どもの氏変更は裁判所への提出だったので、そこに時間かかったくらいです。

児童扶養手当とひとり親医療助成の申請に戸籍謄本が必要となりますが、氏変更の手続きを待っている期間はまだ私の戸籍に乗らず、元旦那の戸籍に残ったままになっていたため手続きをすることが出来ませんでした。

裁判所からの離婚成立通知が到着して役所に提出し、戸籍謄本とともに氏変更手続き書類を提出しました。

そこから1週間ほど経った頃に変更許可の通知が到着したので、役所に提出してから、さらに2,3日後に変更手続き完了となりました。

私の場合、月半ばでの離婚成立だったため、戸籍が変わったのが月をまたいでしまい、なんだか損した気分でした。

児童扶養手当は申請を出した翌月分からの支給になるので、離婚した翌月の申請で1か月遅れの支給になってしまったのです。

離婚でようやく実家に帰ってくることができ、再スタートと意気込んでいましたが、手続きに時間がかかったため、少し納得のいかない出来事になってしまいました。

 

離婚後の現状

離婚してから3ヵ月が経ちました。現在の私は、子どもと母と実家で暮らしています。

収入は、知人にお願いされた家庭教師の仕事でだいたい7~8万円程度です。加えて、双子の養育費8万円と児童手当、児童扶養手当で生活しています。まだ離婚してから日が経っていないので、これから頑張ろうと思っています。

また、前までは出来なかった新しいことを始めました。

一括でまとまったお金が入ったのでPCを買い、そのPCでプログラミングとWebライターの勉強を始めています。

コロナがいつ落ち着くか分からない状況で、なにかしらのスキルを付けたいと考えたときに、子どもが家にいてもできる仕事をしたいと思ったからです。

まだまだ勉強中で使い物にはなりませんが、子どもとのんびり過ごしながら、充実した日々を送っています。子どもを守るためならなんでもできそう、なんて前向きに思えたのも自由になったおかげです。

 

離婚を考えている方へのアドバイス

どういう理由であれ、離婚が頭をよぎるなら1人で抱え込むより、誰かに相談してもらいたいです。

私は抱え込んだ結果、心を壊しました。笑えなくなりました。

知人たちがいなければ、今も笑えない生活をしていたかもしれないと思うと恐ろしいです。なにより、守るべき子どもも守れなかったと思います。

今、隣にいるパートナーはあなたにとって本当に必要なのか、よく考えてください。

お金が不安なら、公的支援を受けて生活してもいいのです。

精神的に辛いなら、誰でもいいので吐き出してください。

実家に頼ってもいいですし、友達を頼ってもいいです。

今回の離婚では、母にも泣かれました。「守ってあげられなくてごめんね」と今でも謝られます。

あなたを大切に思う人は必ずいます。だから決して、独りにならないでください。

離婚までは本当に大変ですが、離婚すれば新しい未来が見えてきます。

離婚してまだ3か月ですが、いろいろ大変ながらも幸せだと思えています。

自分のために、周囲のために、悩んでいるなら誰かに相談してみてください。

絶対にあなたにとっての解決策はありますから。

 

まとめ

今回の体験談のまとめ

  • 離婚を意識した理由
    ・金銭的支援の不満(借金の発覚)、モラハラ
  • 離婚までの経緯
    ・家出から離婚調停へ、その後調停不成立となり離婚裁判へ
  • 裁判費用
    ・34万円(法テラス制度を利用)
  • 離婚後の悩み
    ・子どもの苗字変更(児童扶養手当は申請完了後の翌月からの支給になるため、完了日は重要!)
  • 離婚後の現状
    ・子ども2人と母と4人で実家暮らし、充実した日々を送る PCを購入し、プログラミングとwebライターの勉強中
  • 離婚を考えている方へアドバイス
    ・誰かに相談、決して独りにならない、抱え込まない!!

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