今回は夫のモラハラが原因で離婚をされた方の体験談です。
体験談の方のプロフィール
プロフィール(女性)
- 現在の年齢 34歳(2020年12月現在)
- 離婚時の年齢 29歳
- 職業 フリーランスライター
- 結婚期間 2016年3月~2016年8月まで
- 離婚種別 協議離婚
- 子供 なし
- 慰謝料 なし
- 財産分与 なし
元夫との出会い
大学生の頃の知人
大学当時はただの友人で28歳の頃東京へ上京した時にたまたま近くに住んでいてSNSで繋がり会うようになったのが付き合うきっかけ。
離婚を意識した理由
ひどいモラハラ、人格否定を受けたこと、またそれが理由で私自身の心身がボロボロになってしまったこと。
離婚までの経緯、その過程での悩み
結婚するまではとても優しい人でした。
厳密に言うと、妊娠をしてからの出来ちゃった結婚だったのですが、
その妊娠は悲しくも稽留流産という形(世界の女性は4分の1がみんな自然に流産するというもの)で終わってしまいました。
私はママになると言う夢を持っていたくらい赤ちゃんが大好きでしたし、
欲していたので妊娠ができて本当に嬉しく、また、9週目で経験した流産はその当時生きていて一番に辛い経験でした。
お腹の中に命を宿し、またお腹の中で命が消えるあの感覚と辛さは簡単には乗り越えられないものでした。
身体も元々強い方ではないので妊娠初期はつわりも酷く毎日苦しい日々を過ごしていました。
そして迎えた流産後の手術。
初めて分娩台に上がるのが流産と言う事実に悲しみのあまり言葉も出なかったことを覚えています。
そして手術が終わった後に元旦那の本性がわかりました。
心身ともに力を失い、術後ですぐに回復もできない状況で私はもう寝るしかできませんでした。
「寝込んでいる」状態です。それを元旦那は罵りました。
『いつまで寝とるんや!このダメ人間が!』
『一日中だらけて眠るなんてお前は世界で一番のダメ人間だ。無能だ!働け!這いつくばって働け!』
お金をあまり持っていなかった私たちは当然金銭面にも困っているのはわかっていました。
でも私は妊娠を機にホルモンも変化してしまった体で動くことができなかったのです。
頭もうまく働かない状況で、毎日のように元旦那からモラハラを受け、ダメ人間と言われ続け、精神も肉体も限界を迎えました。
胃腸は鉛のように硬くギュウウと締め付けるように痛みが走りグロテスクな表現になってしまいますが、お尻から血が出た時はもう「終わりだ」と思いました。
きっと私たちを苦しめていたのは金銭面だったと思います。
裕福であればそんな状況にはならなかったかもしれません。
それでも、大切な命を宿した妻に「ダメ人間」と罵った元旦那は最低の人間だと思います。(厳密には当時はそう思っていました。)
元旦那は酷いくらいの神経質な人間だと言うことも一緒に暮らし始めて、初めて気がついたのです。
付き合っていて別々に暮らしている頃は優しく、デート中は食事を奢ってくれたり、歩くのに危ない場所などは手を引いてくれたりしました。
しかし、一緒に暮らし始めると豹変し、
お皿を洗う音でキレたり、玄関がバンと閉まる音がうるさいとキレたり、洗濯物の干し方は靴下を同じ方向にしないとだめだ、とかもう訳のわからないレベルでした。
おそらく境界性パーソナリティ障害なのだと思います。
モラハラが酷く、全て自分の思い通りにならないとキレる人間になっていきました。
そんな状態が続き、口論になったのちに、『離婚だ!』と叫んだのは旦那だったのですが、
今思えば早い段階で離婚を選択してくれたモラハラ男である元旦那のおかげで離婚ができたのです。
また離婚理由の一つが姑問題でした。
元旦那の姑は何を考えているのかわからない怖いタイプの人で、
裏で私のことを『弱い体の子だし、妊娠して動けないなんて嫁として失格。私はあの子を見張るわ。』と言っていたそうです。
その話を共通の知人から聞いた頃からストレスで眠れなくなったのも理由の一つです。
私としては話し合いをしっかりしたかったのですが、なんせ普通ではない人間でしたので、
私の言うことになど耳を貸さず。
向こうの『紙切れ一枚で離婚だ!』と言う内容で離婚届けを記入し離婚が成立。
それだけでした。つまり協議離婚です。
当初は、慰謝料取ってやろうって思いました、心底。
ただし自分の父親がやめておけと止めたんです。
逆恨みすると何をするかわからない人だからって堪えました。
離婚に対して無料相談所などの公的機関で相談するべきでしたが、
離婚当時は、そんな思考が回るほどの頭、肉体ではありませんでした。
でも今思えば、利用するべきでした。
原因不明の頭痛で救急車で運ばれたり、精神病院に入院したりしたので、
実際のこの結果で慰謝料は取れたと思います。
離婚後良かったこと、悪かったことなど
離婚後私は歳月をかけて徐々に回復していきました。
それも完璧に回復するまで4年はかかったと思います。
良かったことは何より、自分自身の心身が健やかになったこと。それにつきます。
自分の本当に好きなものが何もわからなくなっていたあの頃に比べたら、
今は好きな洋服、好きな絵、好きな音楽、好きな食事、さまざまなことがわかることです。
人間が生きていてわかって当たり前のことなのですが、その当たり前をようやく現在経験できるようになりました。
悪かったことは1つだけあります。
私は作家になりたい夢があり、元旦那の姓の響きだけはとても気に入っていたのです。
なので離婚後その姓を引き継ぐことにしました。
しかし半年ほどが経った頃に、憎んでいた元旦那の姓を名乗っていること自体が馬鹿馬鹿しくなり名前を元に戻したいと思ったのです。
その名前(姓)を元に戻す手続きは家庭裁判所に行って説明しなければならないと言うとても面倒臭いものだったので、
その点だけが離婚して悪かったことです。
離婚後の現状
離婚後の現状は一言、ハッピー!です。
大好きな友人と関わり、大好きな仕事をし、大好きな場所で暮らし、
何より実家の家族も私のことを一番に考えてくれていたため、離婚してくれて本当に安心したと言ってくれています。
経済状況も自分で仕事をしてきたので貯蓄もでき安定しています。
離婚を考えている方へアドバイス
私のような経験をされる方も中にはいます。
なので、長くお付き合いをし、まず一緒に暮らしてみないとわからないことがたくさんたくさんあると言うことを念頭に置いて結婚をされてください。
私は元旦那とは様々なことが違いました。
中でも一番大きかったなと思う要因は「味覚」です。
元旦那は自分でも言うくらい味覚が単純でわかりやすい味を好みました。
コッテリベトベトのラーメンだとか、油っぽいものだとか、辛すぎるもの。
私は上品であっさりした味付けを好む家庭で育ったので真逆でした。
そんな味覚が真逆の夫婦になると食事の感動を絶対に分かち合えないのです。
味覚が似通っている、美味しいと感じるものが似ている、好きな料理が同じ、など基本的な食事の好みが合うかどうかをしっかり見極めてくださいね。
また、これは私の偏見かもしれませんが、
末っ子同志(親からかわいいかわいいされて育ったもの同士)、つまり末っ子気質で甘え上手の性格の者同士の結婚は難しいかもしれません。
実際私と元旦那はそうでした。
お互いが末っ子気質だったため、ばちばちしたのです。
よく血液型占いだとかありますが、ああゆう物よりも長男気質(長女気質)か末っ子気質かを見抜く方が相性を考えやすいかもしれません。
何はともあれ、私の体験談が誰かのお役に立てるのであれば幸いです。
次こそは幸せな結婚をするぞ!と決心した私は年明け後お見合いが決まりました。
しっかりした国家公務員で優しい性格の男性と、です。幸せになります!絶対!
まとめ
今回の体験談のまとめ
- 離婚を意識した理由
モラハラ、人格否定 - 離婚までの経緯
話し合いをしたがったが、相手が聞く耳を持ってくれずに半ば強制的に協議離婚 - 離婚後良かったこと
自分自身の心身が健やかになったこと - 離婚後悪かったこと
離婚後少し時間が経った後に苗字変更を申請した時、手続きが大変だったこと - 離婚後の現状
大好きな友人、仕事と関わりがもて幸せな毎日を送っている
お見合いも決まり、次こそ幸せな結婚生活を掴む! - 離婚を考えている方へアドバイス
相性は重要!特に味覚の違いは一生分かち合えない溝
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