離婚体験談 女性 協議離婚 ギャンブル依存症 30代

ギャンブル依存症で500万の借金発覚?香典にまで手を出す元夫!

今回は夫のギャンブル依存症により金銭トラブルとなり、離婚をされた方の体験談です。

体験談の方のプロフィール

プロフィール(女性)

  • お住まい:神奈川県
  • 離婚時の年齢:33歳
  • 結婚期間:1990年7月〜2001年3月
  • 離婚種別:協議離婚
  • 親権:自分(2人:離婚当時は小4と中1)
  • 慰謝料:なし
  • 養育費:なし
  • 財産分与:なし

 

元夫との出会い

元夫との出会いは高校を卒業して入社した印刷会社で出会いました。

一つ年上で、大人しい人でした。

ゴミ捨ての仕事を二人一組で朝の清掃時にするのですが、その時にコンビを組んだのがきっかけです。

ゴミ捨てをしながら好きな音楽や、世間話をしていくうちに仲良くなりました。

結婚したのは22歳です。

出来ちゃった婚ですが後悔はありませんでした。

私自身、小学生の時に両親ともに子供を置いて家を出ていき、家族というものをほとんど知らずに生きてきたので、家族に過度の期待がありました。

 

離婚を意識した理由

離婚のきっかけは10年目です。趣味程度にパチンコやスロットをやっているのは知っていましたが、突然ある日土下座をして「借金が消費者金融に500万ある」と言われました。

その時点では離婚の意思はありませんでした。

家族を知らない私は、青森出身で4人兄弟6人家族の元夫からしたらなんでも一人でサクサクやってしまう『可愛くない異様な女』だったと思います。

ずっと一人で生きてきたのでそれが当たり前というか、それしか知らないので、家族という単位の行動や言動を私は知りませんでした。

元夫の仕事が忙しいと思っていたので、ギャンブル依存が原因で家に帰ってこないのことはその当時、分かりませんでした。

離婚を意識したきっかけとなったのが、ある日、私が小学生の時に家を出た父が亡くなったと連絡があり、急に私は喪主になりました。

その葬儀のお通夜の香典を元夫が持って行って一瞬でギャンブルに使いこんでしまい、それが原因で離婚を決心しました。

父親の葬儀では私が喪主なので、葬儀会社の人も喪主の夫が香典を集めても不思議には思われません。

どんなにギャンブルがやめられなくても、まさか人が死んで集まるお金に手を付けるとは思わなかったのです。

何だかもうその瞬間にすべてがどうでもよくなりました。

 

離婚までの経緯

離婚を決心した時点で、息子二人は小4と中一に進級するところでした。

息子たちには詳しい事情は話さずに「離婚する」とだけ告げ、息子二人を連れて家を出ました。

子供たちに「どちらの親につく?」などの選択肢は一切与えませんでした。

大人の事情なので、大人の責任です。

ほんの一つでも子供に選択させたら、将来何かがあった時に「あの時自分が選んだ」と子供自身が後悔しないよう、そのトラブルはすべて私のせいにして欲しかったので強制的に引っ越しました。

元夫はその後、破産申請をしたということです。

このような事情で一切の養育費、慰謝料、財産分与などはありません。

 

離婚後の悩み

女手1人で2人の子供を養うことが大変でした。

贅沢な暮らしをしなければ何とか養ってはいけますが、子供に対して塾にも通わせることができず、勉強にお金をかけてやれなかったことが悩みというか、申し訳なく思います。

以前からスーパーのレジで働いていたので、引っ越し先でも最大手のスーパーでレジ打ちをしました。

その後、なぜか偉い人からの勧めがあり、社員の難関の登用試験に合格したおかげで、当時時給780円が月給になり、ある程度ボーナスももらえて安定しましたが、息子二人はそれぞれ高校に上がるとバイトをし、3年間で二人とも100万弱貯めてその貯めたお金で大学に進学しました。

私自身も社員になって少し貯金が出来たので、息子たちの進学のために貯めていたのですが、それぞれとても頑張ってくれました。

忙しい私の代わりに家事もたくさん手伝ってくれて、勉強も本当によく頑張ってくれて、進学した高校でも常にトップでいてくれました。

特に成績優秀だった次男は学校側からもいい大学を期待されていましたが、一つの大学を進学させるお金が精いっぱいだったので、確実に入れる指定校推薦に絞らざるを得ませんでした。

離婚時に「息子二人がおじさんになるころには、日本は大学が義務教育みたいな風潮になる」と予想していました。

そして今では名前と面接で入れる大学は確かに存在しています。

女手一つで子供二人を大卒にするのは本当に大変です。

日本は高卒で社会に出すことは残念ですがなくなりつつあります。

大学ではなくても、短大、専門学校、職業訓練校、高校卒業後のもう一つの進学のお金は絶対に必要です。そういう世の中だと腹をくくることです。

離婚時に名前は元夫の苗字をそのまま名乗りました。

銀行の変更など、名前を一切変えることなくラクでした。

息子たちの名前を変えるのは良くないとおもい、自分の名前なんかどうでもいいので、苗字を変えなかったのは私にとっては正解でした。

苗字が変わらなかったので多少は息子たちの負担も軽かったと信じたいです。

 

離婚後の現状

息子たちは現在も元夫の誕生日にメールを送るなどのやり取りはしているようです。

20歳になった時点で「大人なのだから父親に会うも会わないも好きにしていいよ」とそれぞれに言ってあります。

現在はアラサーの息子たちと仲良く同居中です。とても優しい息子二人に私は大切にされています。

どうやら二人とも結婚の予定はなさそうです。

私と長男は一般用医薬品の販売資格を取り、それぞれ薬局、ドラッグストアに勤務しています。

一生モノの資格なので、収入も高値安定で穏やかに三人仲良く暮らしています。

 

離婚を考えてる方へのアドバイス

結婚は素晴らしいものだし、もちろん離婚はしたくありません。でもどうしようもないことは起こるものです。

最大の努力はしますが、思いつく限りやったと思えたら離婚はしょうがないです。

子供がいる人は子供に離婚に関する何かの選択、例えば「お父さんとお母さんのどっちについていく」などの選択をさせないことです。

全て自分の責任、大人の責任、引き取ったなら自分で背負う覚悟です。

お金はわりと何とかなります。

贅沢をしなければ色々な補助や助成金の申請パートで働いて生きていけます。

ただし、パートでもいいので社会保険と厚生年金に加入できるほうがより良いです。

子供も扶養者として職場の保険に加入し、確実な社会保障の対象となります。

また、大手の会社だと福利厚生があるので、厚生年金加入のパートさんでも福利厚生を使って、遊園地や映画のチケットを格安で手に入れられます。

そのようなものを活用してお子さんと旅行やお出かけがお安くできます。

最低限の生活ができるのなら、あとは子供と穏やかな温かい生活を心がけてくださ

これが私の離婚の体験からお話できることです。

大した内容ではありませんが、悩んでいる人に参考になれば幸いです

読んでいただいてありがとうございます。

 

まとめ

今回の体験談のまとめ

  • 元夫の出会い
    ・同じ職場、朝の清掃でコンビを組んだのがきっかけで結婚
  • 離婚を意識した理由
    ・「ギャンブル依存症」の元夫が、自分の親の葬儀の香典にまで手を出し離婚を決意
  • 離婚までの経緯
    ・子供2人を連れて家出、その後、協議離婚
  • 離婚後の悩み
    ・子供に塾など通わせることができなかったこと
    ※苗字の変更をしなかったので、その手続きの負担、苗字が変わることでの子供負担が少なかったのは良いこと
  • 離婚後の現状
    ・優しい子供たちと3人で幸せな生活
  • 離婚へのアドバイス
    ・子供にどちらについて行くかの選択肢は与えないこと(離婚は夫婦間の問題なので、自分で覚悟と責任を持つこと)
    ・国や地域からの補助、助成金の申請は必ずすること
    ・パートで働くにしても、社会保険と厚生年金には加入する(子供も扶養者として社会保障の対象になるため)
    ・子供がいる方は、子供と穏やかで温かい生活を心がけること

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